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- グラフィックデザイナー
寺島賢幸 - 1961年札幌生まれ。広告代理店を経て1992年(有)寺島デザイン制作室設立。JAGDA新人賞、ニューヨークADC銅賞、香港国際ポスタートリエンナーレ銅賞、ニューヨークフェスティバル銅賞、全国カレンダー展日本印刷産業連合会会長賞ほか受賞。
子供の頃〜今
フツーの子供でしたよ。勉強はあまり得意じゃなかったですけど。ただ、図工だけはずっとオール5でした。他の教科は・・・(笑)翌週の授業で作る予定の課題を、学校から帰ったその日に作ってましたね。次の授業でもう一回作れるから二度楽しい(笑)工作用紙を切ったりくり抜いたりして、スキーのジャンプやスマートボールのゲームをつくったり。とにかくモノを作ることが大好きな子供でしたね。
20代のときは製作の仕事をしていました。若くて体力もあるから、毎日徹夜に近いぐらい遅いこともあたり前の時期。それでも仕事が楽しくて仕方なかった。世の中に対して、自分の力を試してみたい。いつもそんな風に思っていました。その後30歳で独立、33歳からは仕事以外の作品もつくりはじめるようになりました。実は、今年で50歳になります、自分ではそういう意識はないんですけどね(笑)
叔母の言葉
叔母がジャズシンガーの黒岩静枝さんなんです。独立してからは、彼女のライブのフライヤーなども手がけるようになりました。仕事はあったから毎日忙しかったし、楽しかったし、充実してた。そんなあるとき、その彼女が僕にぼそっと言ったんです。「忙しいのはいいけど、それだけでいいの?アーティストにならないと独立した意味ないんじゃない?」 これは自分の人生を変えた一言で衝撃的でしたね。それからですね。ひとりのデザイナーとして、アーティストとして、札幌にいながら世界に挑戦したくなったのは。
オリジナリティ
それからJAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)の会員になり、作品をつくってはJAGDAが毎年出版する年鑑の審査に出品するようになったんです。 ところが、なかなか入選しない(笑)。悩みましたね。自分に足りないものは何か?ってね。いろいろ悩んだあげく、オリジナリティが大事なんだってことに気づいたんです。人とは違うもの、過去にみたものはダメ。二番煎じじゃダメだっていうことに。クライアントの想い、伝えたいメッセージをしっかりデザインで表現しつつ、レールをわざと外しちゃう。自分の世界にクライアントを引っ張り込む感じ。これがオリジナリティのひとつですかね。金子さんにもよく使ってます(笑)それを強く意識するようになってからでしょうか。やがていろいろなデザインコンペに入選するようになり、少しずつまわりにも認められるようになってきたんです。
いつも探してる
いつもデザインのヒントになることを探してます。面白いビジュアル、コピーはないかってね。
街を歩いていても、ご飯食べてても、そう。音楽とかと似ているかもしれない。1つのフレーズから曲が生まれることがあるでしょう、それと一緒。「これは何かに使えるのでは」と常にアンテナを張ってヒントを探し続けることはデザイナーとしてのトレーニングでもあるんです。反対にリラックスしているときも、デザインのヒントが生まれやすいと思います。心配なことが一切なくて、気持ちがフラットな状態。テンションは高いんだけど、すごく静かで落ち着いている状態。ひとりで音楽を聴きながらお酒を呑んでいるときが多いです。そう、インゾーネ宮の森のカフェもお気に入りですよ。あそこで洋書を眺めてると自分の世界に入れます(笑)。
お気に入りのアイテム
僕、あまり持ち物とかこだわりがないんです(笑)普通デザイナーっていうと、ファッションにしてもステーショナリーにしてもこだわるじゃないですか。僕の場合こだわるのは、平面上の色とカタチだけ。グラフィックデザイン・フェチなんですね、きっと。
しいてあげるなら、この本かな。
世界でもトップクラスのポスターが一冊にまとまっています。本を開くと、一瞬で入り込んでデザインの向こう側を歩けるんです。「このパーツを切ったら、色を変えたら、ひっくり返したら...」なんてことを考えながら、ずっとこの世界にいられる。何度見直しても飽きることはない、刺激に溢れた本ですね。
フツーの子供でしたよ。勉強はあまり得意じゃなかったですけど。ただ、図工だけはずっとオール5でした。他の教科は・・・(笑)翌週の授業で作る予定の課題を、学校から帰ったその日に作ってましたね。次の授業でもう一回作れるから二度楽しい(笑)工作用紙を切ったりくり抜いたりして、スキーのジャンプやスマートボールのゲームをつくったり。とにかくモノを作ることが大好きな子供でしたね。
20代のときは製作の仕事をしていました。若くて体力もあるから、毎日徹夜に近いぐらい遅いこともあたり前の時期。それでも仕事が楽しくて仕方なかった。世の中に対して、自分の力を試してみたい。いつもそんな風に思っていました。その後30歳で独立、33歳からは仕事以外の作品もつくりはじめるようになりました。実は、今年で50歳になります、自分ではそういう意識はないんですけどね(笑)
叔母の言葉
叔母がジャズシンガーの黒岩静枝さんなんです。独立してからは、彼女のライブのフライヤーなども手がけるようになりました。仕事はあったから毎日忙しかったし、楽しかったし、充実してた。そんなあるとき、その彼女が僕にぼそっと言ったんです。「忙しいのはいいけど、それだけでいいの?
オリジナリティ
それからJAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)の会員になり、作品をつくってはJAGDAが毎年出版する年鑑の審査に出品するようになったんで
いつも探してる
いつもデザインのヒントになることを探してます。面白いビジュアル、コピーはないかってね。
街を歩いていても、ご飯食べてても、そう。音楽とかと似ているかもしれない。1つのフレーズから曲が生まれることがあるでしょう、それと一緒。「これは何かに使えるのでは」と常にアンテナを張ってヒントを探し続けることはデザイナーとしてのトレーニングでもあるんです。反対にリラックスしているときも、デザインのヒントが生まれやすいと思います。心配なことが一切なくて、気持ちがフラットな状態。テンションは高いんだけど、すごく静かで落ち着いている状態。ひとりで音楽を聴きながらお酒を呑んでいるときが多いです。そう、インゾーネ宮の森のカフェもお気に入りですよ。
お気に入りのアイテム
僕、あまり持ち物とかこだわりがないんです(笑)普通デザイナーっていうと、ファッションにしてもステーショナリーにしてもこだわるじゃないですか。僕の場合こだわるのは、平面上の色とカタチだけ。グラフィックデザイン・フェチなんですね、きっと。
しいてあげるなら、この本かな。

- inZONE MG
- 金子 祐介
札幌で活躍しているプロフェッショナル、僕が素敵だと思う人に突撃インタビューしようという企画を思いついたとき、最初に頭に浮かんだのが寺島さんだった。インゾーネのフライヤーやカタログ類はほとんど彼が手がけている。駅前店の壁面の「しまうま」も寺島デザインの仕事である。寺島さんと僕との間に、複雑な会話は不要だ。僕がイメージを一言二言伝えるだけで、彼は瞬時に理解し、ものの数日で僕が思ってもいなかった別次元で期待以上の提案をもってきてくれるからである。クライアントの立場からして、こんなに頼りになる人は、いない。たまに満面の笑みで「金子さん、また勝手につくっちゃいました(笑)」と、こっちが頼んでもいないデザインを持ってくることもある。寺島さんの魅力は、そのデザインセンスやプロフェッショナルの姿勢だけではない。この人間臭くて、温かいキャラクターに、僕は心底惚れ込んでいるんだと思う。
- 2012.02.19【家展24】僕の家、見せます。-インゾーネ社員の自宅見学会-
- 2012.02.19【リノベ勉強会】はじめてのマンションリノベーション
- 2012.02.18【インテリアセミナー】TECTAに宿るBAUHAUSの思想













